児童福祉法改正による社会的養護制度の見直し：里親委託・特別養子縁組推進の背景、内容、影響と今後の課題
はじめに
本稿では、近年の児童福祉法改正によって進められている社会的養護制度の見直しに焦点を当てます。特に、家庭での養育環境の重要性が強調され、里親委託や特別養子縁組といった家庭的養護の推進が図られている点について、その背景、具体的な改正内容、関係者に与える影響、および今後の課題について詳細に解説します。
社会的養護制度見直しの背景
社会的養護とは、保護者のない児童や、保護者に監護させることが適当でない児童を、公的な責任で社会的に養育し、保護するとともに、養育に大きな困難を抱える家庭への支援を行うことを指します。従来の日本の社会的養護は、乳児院や児童養護施設といった施設での養育が中心でした。
しかし、子どもの最善の利益を追求する観点、特に愛着形成や個別の発達支援の重要性から、施設養護よりも家庭的な環境での養育が望ましいという国際的な潮流（国連子どもの権利条約の精神など）が高まりました。また、永続性のある安定した生活環境（パーマネンシー保障）の重要性も指摘され、特別養子縁組を含めた家庭での養育の必要性が認識されるようになりました。
このような背景のもと、2016年（平成28年）に児童福祉法が改正され、家庭養育優先の原則が明確に打ち出されました。これは、それまでの施設養護中心の考え方から大きく転換するものです。この改正は、厚生労働省の「新しい社会的養育ビジョン」（2017年）として具体化され、2029年までに里親等委託率を75%に引き上げるという目標が掲げられるなど、具体的な数値目標と共に里親等による養育の推進が図られています。
改正児童福祉法における主な変更点と施策
2016年改正児童福祉法では、社会的養護を必要とする子どもに対する家庭的な環境での養育を優先するという理念が明記されました（第1条、第3条など）。また、地方自治体に対して、子どもを家庭と同様の環境において養育するための施策を推進する責務があることが明確化されました（第6条の3第2項）。
この法改正に基づき、家庭的養護を推進するための様々な施策が講じられています。主な施策内容は以下の通りです。
- 里親制度の推進: 里親の種類（養育里親、専門里親、親族里親など）に関する周知啓発、里親になるための研修制度の見直し、里親への養育費や支援費の拡充などが進められています。また、子どもと里親のマッチングの質の向上に向けた取り組みも強化されています。
- 特別養子縁組の推進: 生みの親が育てられない子どもに永続的な家庭を提供する特別養子縁組についても、児童相談所がそのあっせんを積極的に行う責務が明記され、制度の利用促進に向けた相談支援体制の強化や周知啓発が進められています。
- 支援体制の強化: 里親や特別養子縁組家庭への専門的な支援を行うフォスタリング機関（里親支援機関）の体制整備が図られています。また、児童相談所の体制強化も重要視されています。
- 施設の機能転換: 児童養護施設や乳児院については、家庭養育を補完・代替する役割に加え、里親支援や地域の子育て支援拠点としての機能強化、より専門的なケアが必要な子どもへの対応といった役割への転換が求められています。
これらの施策の推進状況については、厚生労働省のウェブサイトに掲載されている各種検討会報告書や、自治体の取り組み事例集などが参考になります。例えば、「今後の子どもに関わる福祉のあり方に関する検討会」の議論や、「社会的養育推進計画」などが、具体的な政策の方向性を示しています。
制度見直しによる影響と論点
今回の社会的養護制度の見直しは、社会的養護を必要とする子どもたち、実親、里親・特別養子縁組希望者、そして児童養護施設等の関係者に大きな影響を与えています。
肯定的な影響の可能性:
- 子どもの発達: 家庭的な環境での養育が増えることで、子どもの愛着形成が促され、個別ニーズに応じたきめ細やかな養育が可能になることが期待されます。
- パーマネンシー保障: 特別養子縁組の推進により、子どもが特定の家庭で安定した生活を送れる可能性が高まります。
- 里親・養親の増加: 制度の周知や支援拡充により、里親や特別養子縁組を検討する人が増加する可能性があります。
課題と論点:
- 里親のリクルートと支援: 目標達成のためには、大幅な里親の増加が必要です。しかし、里親希望者の掘り起こしや、登録後の継続的な支援（専門的な相談、レスパイトケアなど）体制の整備が十分に進んでいない現状があります。特に、虐待を受けた子どもや障害のある子ども、年長児など、より専門的なケアを必要とする子どもに対応できる里親（専門里親）の確保・育成は喫緊の課題です。
- 実親との関係性: 里親委託の場合、子どもと実親との関係性をどのように維持・調整していくかという課題があります。子どもの利益を最優先しつつ、実親への支援と調整を行う児童相談所の役割が重要になります。
- 児童相談所の体制: 里親委託や特別養子縁組の推進、実親支援、措置解除後の支援など、児童相談所の業務は拡大・複雑化しており、専門職の人員不足や多忙さが指摘されています。
- 施設との連携と役割分担: 施設養護から家庭養育への転換を進める中で、施設の役割をどのように再定義し、里親支援や地域支援の拠点として機能させていくか、また、施設と里親等との連携をどのように構築していくかが重要な論点となっています。
- 財政的課題: 里親手当や養育費の拡充、里親支援機関への委託費、児童相談所の体制強化など、家庭養育推進には相応の財源が必要であり、安定的な財源確保が課題となります。
- 特別養子縁組の課題: 特別養子縁組における生みの親への支援、養子と生みの親の情報開示、養子縁組後のフォローアップ体制なども継続的な議論が必要です。
これらの論点については、「社会保障審議会児童部会社会的養護専門委員会」などの会議で議論されており、その議事録や配布資料は、政策形成の過程を追う上で重要な情報源となります。
展望とまとめ
児童福祉法改正に基づく社会的養護制度の見直し、特に里親委託・特別養子縁組の推進は、子どもたちの健やかな成長と権利擁護にとって重要な方向性であると考えられます。家庭的な環境での養育を優先するという理念は、すべての子どもに保障されるべき「家庭で育つ権利」をより強く意識するものです。
しかしながら、目標達成に向けた道のりは平坦ではありません。里親の量的・質的な確保と継続的な支援、児童相談所の体制強化、施設の機能転換と連携、そして安定的な財源確保といった多くの課題が山積しています。これらの課題に対して、関係機関や専門家、そして社会全体がどのように向き合っていくかが、今後の社会的養護の質の向上を左右します。
社会的養護に関する議論は、単に制度や数値を追うだけでなく、一人ひとりの子どもにとって何が最善であるかという視点を常に中心に据える必要があります。今後の政策の進捗や関連する議論を注視し、社会的養護を必要とするすべての子どもが安心して成長できる環境が実現されることを目指していくことが重要です。
本稿が、社会的養護制度の見直しに関する理解を深め、関連分野の研究や政策提言の一助となれば幸いです。