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フリーランス保護新法の制定と影響:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律の背景、内容、論点、今後の課題

Tags: フリーランス, 特定受託事業者, 法改正, 政策, 労働法

はじめに:新しい働き方を支える法制度の必要性

近年、組織に雇用されずに業務を請け負う「フリーランス」という働き方が多様化し、その数は増加傾向にあります。クラウドソーシングプラットフォームの普及や、個人の専門性を活かした働き方の志向が高まる中で、経済社会におけるフリーランスの重要性は増しています。一方で、労働基準法等の雇用労働者を保護する既存の法制度の枠組みが直接適用されないことが多く、発注事業者との関係において、報酬の不払い、一方的な発注内容の変更やキャンセル、ハラスメントといった様々な取引上の課題に直面するケースが少なくありませんでした。

こうした状況を踏まえ、フリーランスとして働く人々の安定的な就業環境を整備し、安心して業務に取り組めるようにするための新たな法制度の必要性が長く議論されてきました。本稿では、その議論を経て制定された「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(通称:フリーランス保護新法)について、その背景、主な内容、想定される影響、そして今後の論点や課題に焦点を当てて解説します。

法制化の背景と経緯:既存制度の限界

フリーランスが直面する取引上の課題に対し、これまで全く法的な手立てがなかったわけではありません。例えば、下請法(下請代金支払遅延等防止法)や独占禁止法が一部適用される可能性がありましたが、これらの法律は主に事業者間の公正な取引を目的としており、労働者的な性格を持つフリーランス個人の保護には限界がありました。また、労働組合法や労働契約法といった労働者保護のための法律は、原則として雇用関係にある者に適用されるため、指揮監督関係が希薄なフリーランスには適用されにくい構造でした。

このような既存制度の適用限界が指摘される中で、政府はフリーランスの働き方を巡る課題に対応するため、内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省の連携の下、有識者検討会(「フリーランス等としての働き方に関する検討会」など)を設置し、複数年にわたり議論を重ねてきました。検討会では、フリーランスの実態に関する調査結果や、当事者、事業者団体、専門家からのヒアリングを通じて、取引適正化、ハラスメント対策、セーフティネットなど多岐にわたる論点が整理されました。これらの議論の結果、従来の法制度では対応しきれないフリーランス特有の課題に対処するため、包括的な新法を制定する方針が固められました。

特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律の概要

「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」は、2023年4月28日に成立し、同年5月12日に公布されました。公布の日から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行される予定です。この法律は、発注事業者と特定受託事業者(フリーランス)との間の業務委託契約における取引適正化、就業環境整備などを目的としています。

法律の主な内容は以下の通りです。

  1. 取引条件の明示義務(第3条): 発注事業者は、業務委託契約を締結する際、業務内容、報酬額、支払期日、履行期日、その他公正取引委員会規則で定める事項を、原則として書面または電磁的方法により特定受託事業者に明示する義務があります。
  2. 報酬の支払期日に関する規制(第4条): 業務完了日から原則として60日以内のできる限り短い期間内に報酬を支払う義務が課されます。
  3. 発注事業者の禁止行為(第5条):
    • 特定受託事業者の責めに帰すべき事由なく、受領を拒否すること
    • 報酬を支払期日までに支払わないこと
    • 発注事業者の責めに帰すべき事由により、業務内容を変更させ、または特定受託事業者の費用を負担させること
    • 正当な理由なく、特定受託事業者の給付を受領した後、受領した物を返品すること
    • 報酬を著しく低い額とすること
    • 正当な理由なく、特定受託事業者の給付の内容をやり直させること
    • 特定受託事業者に自己の指定する物等を強制して購入させること
    • 特定受託事業者の営業秘密等の開示を不当に要求すること
  4. ハラスメント対策等に係る就業環境整備義務(第6条): 発注事業者は、特定受託事業者に対する妊娠・出産・育児・介護に関するハラスメント、および性的言動に関するハラスメントに関する相談対応等の必要な措置を講ずる義務があります。
  5. 募集情報の適正化(第12条): 発注事業者は、特定受託事業者の募集に関する広告等において、虚偽または誤解を招くような表示をしてはならないとされています。

本法に基づく執行は、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省が連携して行うこととされており、違反行為に対しては助言、指導、勧告、そして企業名の公表といった措置が規定されています。

影響と論点:実効性確保への課題

この新法の制定は、フリーランスとして働く人々にとって、取引の透明性向上や権利保護の強化につながる重要な一歩と評価されています。特に、取引条件の事前明示や報酬支払期日の明確化は、トラブルの未然防止に資すると期待されます。また、ハラスメント対策義務が明記されたことは、フリーランスが安心して業務に取り組める環境整備に向けた大きな意義を持ちます。

一方で、本法の運用や実効性確保に向けて、いくつかの論点や課題が指摘されています。

今後の展望とまとめ:持続可能なフリーランス環境へ

特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律は、急速に拡大するフリーランスという新しい働き方に対応するための画期的な法制度です。しかし、その制定は始まりに過ぎません。今後、法律の施行に向けて、具体的な取引条件明示の方法、ハラスメント対策の内容、違反時の運用に関する詳細を定めた政省令やガイドラインが策定される予定です。これらの下位規範の内容が、法律の実効性を大きく左右することになります。

フリーランス当事者や関係団体は、施行に向けた準備状況やガイドライン策定の議論を注視し、必要に応じて意見表明を行うことが重要です。また、発注事業者側も、本法の内容を正確に理解し、既存の取引慣行を見直すなどの対応が求められます。

本法の制定は、フリーランスが直面する課題に対する社会的な認識が高まり、その権利保護と就業環境整備に向けた一歩が進んだことを示しています。しかし、テクノロジーの進化や社会の変化に伴い、新しい働き方は今後も多様化していくと考えられます。持続可能で健全なフリーランス環境を構築するためには、本法の適切な運用に加え、必要に応じて法制度の継続的な見直しや、相談・紛争解決支援といったソフト面の施策の強化も視野に入れていく必要があるでしょう。関係者は、これらの動向を継続的に追跡し、フリーランスという働き方が社会にとって真に豊かな選択肢となるよう、議論を深めていくことが求められます。

参照資料の例: * 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(令和5年法律第48号) * 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律案に関する検討会報告書(内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省、2023年3月) * フリーランス等としての働き方に関する検討会報告書(内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省、2021年3月) * 公正取引委員会ウェブサイト「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」関連情報 * 厚生労働省ウェブサイト「「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」及び「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」について」関連情報

(注:上記資料は記事執筆時点の主要な公開情報に基づく一例であり、最新の情報は各府省庁の公式発表をご確認ください。)