服役中の人々の社会復帰支援に関する政策動向:現状の課題、議論の論点、今後の展望
はじめに
我が国における犯罪対策は、刑罰を科すことによる応報や威嚇のみならず、服役を終えた人々が再び社会の一員として円滑に生活できるよう支援すること、すなわち社会復帰支援が極めて重要な柱となっています。これは、個人の尊厳保障という側面だけでなく、再犯を防止し、地域社会の安全に資するためにも不可欠な取り組みです。特に近年、高齢や障害を抱える服役者の増加など、被収容者の多様化が進む中で、従来の支援制度のあり方が問われています。
本稿では、「制度改革ウォッチ」の視点から、服役中の人々および出所者の社会復帰支援に関する最新の政策動向に焦点を当てます。現状の課題、政策決定に至るまでの主要な議論、そして今後の展望について、関連する法制度や公的資料を参照しながら詳細に解説します。
社会復帰支援の必要性と背景
服役中の人々や出所者が直面する困難は多岐にわたります。安定した住居の確保、就労機会の獲得、家族・人間関係の再構築、社会的な偏見やスティグマとの向き合いなど、その道のりは決して容易ではありません。これらの困難が克服されない場合、再び犯罪に手を染めるリスクが高まります。法務省が公表する統計によれば、刑務所出所者の再犯率は依然として高い水準にあり、特に高齢者や特定の犯罪歴を持つ人々の再犯傾向が指摘されています。
また、近年の刑事施設における被収容者の高齢化・障害化は顕著な課題です。医療的ケアが必要な受刑者、認知機能の低下が見られる受刑者、身体障害や精神障害を抱える受刑者が増加しており、これらの人々が出所後に適切な医療・福祉サービスに接続できず、孤立や困窮から再犯に至るケースが懸念されています。従来の更生保護制度は、比較的心身ともに健康な対象者を前提とした側面があり、多様なニーズへの対応力が問われています。
こうした状況を踏まえ、服役中から出所後まで切れ目のない支援を提供し、特に福祉的なニーズを抱える人々への対応を強化することが喫緊の課題として認識されています。
主な社会復帰支援政策とその内容
我が国における社会復帰支援は、主に法務省の保護局が所管する更生保護制度に基づいています。更生保護法に定められた保護観察、生活環境の調整、援護などの措置がその中心です。
- 刑務所内における指導と準備: 服役中から出所後の生活を見据えた指導が行われます。職業訓練、矯正教育(薬物依存離脱指導、暴力防止プログラムなど)、進路指導が含まれます。高齢・障害のある受刑者に対しては、それぞれの状態に応じた個別処遇が試みられています。
- 生活環境の調整: 出所後の住居や引受人との関係調整を目的とします。保護観察官や保護司が、家族や関係機関と連絡を取り、帰住先の確保や帰住後の生活環境について調整を行います。
- 保護観察: 刑の一部執行猶予者や仮釈放者などに対し、定められた期間、保護観察官や保護司の指導監督と補導援護が行われます。定期的な面談を通じて、遵守事項の履行状況を確認し、生活上の助言や支援を行います。
- 協力雇用主制度: 出所者や刑務所服役者等の雇用に理解と協力を持つ事業主を「協力雇用主」として登録し、彼らへの就労支援を促進する制度です。これは、安定した収入が再犯防止に繋がるという考えに基づいています。
- 地域生活定着促進事業: 高齢または障害により、自立した生活が困難な刑務所出所者等について、出所後直ちに福祉サービス等を利用できるよう、刑務所在籍中から円滑な接続を図るための事業です。刑務所、保護観察所、地方公共団体、福祉施設などが連携して支援計画を作成し、実行します。これは、法務と福祉の連携が特に求められる分野として注目されています。
- 再犯防止対策推進計画: 政府は、再犯防止を総合的かつ計画的に推進するため、平成29年に「再犯防止推進法」を施行し、これに基づき「再犯防止対策推進計画」を策定しました。この計画では、住居・就労の確保、保健医療・福祉サービスの利用促進、再犯に関する研究の推進などが重点課題として挙げられ、関係省庁が連携して各種施策を進めています。最新の計画は、令和5年12月15日に閣議決定されたものです。
これらの政策は、刑務所内での処遇から地域社会での生活に至るまで、切れ目のない支援を提供することを目指しています。特に、地域生活定着促進事業は、福祉的ニーズの高い対象者への対応として重要な役割を担っています。
政策の影響と論点
これらの政策は、出所者の社会復帰を支援し、再犯の抑制に一定の効果を上げています。しかし、その運用には依然として多くの課題や論点が存在します。
主な論点としては、以下の点が挙げられます。
- 支援対象のニーズの多様化への対応: 高齢者、障害者、薬物依存者、精神疾患を抱える者、女性など、対象者の抱える問題は多様であり、画一的な支援では対応できません。個別化された、専門性の高い支援プログラムの開発・提供が求められています。
- 切れ目のない支援の実現: 刑務所から地域への移行段階で支援が途切れてしまう「支援の谷間」が指摘されています。刑務所と保護観察所、さらに地域の福祉・医療機関、地方公共団体との一層緊密な連携体制の構築が必要です。地域生活定着促進事業はその試みですが、対象者拡大や制度の浸透が課題です。
- 地域社会の理解と協力: 出所者に対する社会の偏見や差別は根強く、住居や就労の大きな壁となっています。協力雇用主制度の推進や、地域住民の理解を深める啓発活動が不可欠です。地域住民の不安を払拭するための丁寧な情報提供や、地域での見守り・支え合いの仕組みづくりも議論されています。
- 官民連携の強化: 保護司や協力雇用主、更生保護施設など、更生保護を支える民間のボランティアやNPO等の役割は極めて重要です。これらの担い手の確保・育成、活動支援の強化が求められています。
- 予算と人員の確保: 多様なニーズに対応するための専門的な支援体制や、きめ細やかな保護観察等を実施するには、十分な予算と保護観察官等の専門職員、保護司等のボランティアの確保が不可欠です。
法務省の「再犯防止対策推進計画」や、法制審議会、社会保障審議会などにおいても、これらの課題は繰り返し議論されており、関連機関による検討会や実証事業が進められています。例えば、刑事施設の視察委員会報告書においても、高齢・障害のある受刑者の処遇や出所後の接続に関する提言がなされることがあります。
今後の展望とまとめ
服役中の人々および出所者の社会復帰支援は、単なる矯正・保護の課題ではなく、高齢化社会における福祉、地域共生、そして社会全体の安全に関わる広範な課題です。今後の政策は、以下のような方向性で進展することが予想されます。
- 地域包括ケアシステムとの連携強化: 高齢や障害のある出所者に対し、地域の医療・福祉資源をより効果的に活用できるよう、地域包括ケアシステムの中への組み込みや連携が強化されると考えられます。
- 個別リスク・ニーズに応じた支援計画の策定と実施: 対象者の犯罪性向、生活歴、心身の状態、家族関係などを詳細にアセスメントし、個別のリスクやニーズに合わせた支援計画を策定・実施する、よりパーソナライズされた支援が進むでしょう。
- テクノロジーの活用: AIやデータ分析を用いた再犯リスク評価や、オンラインでの相談・指導、情報提供など、支援におけるテクノロジーの活用も模索される可能性があります。
- 啓発活動の継続と強化: 出所者に対する社会の偏見を是正し、受け入れ態勢を醸成するための啓発活動は、今後も重要な柱であり続けるでしょう。
服役中の人々や出所者が地域社会で孤立することなく、安定した生活を築くことができるかどうかが、再犯防止の鍵を握っています。そのためには、関係機関や地域社会が一体となった、継続的で包括的な支援体制の構築が不可欠です。今後の政策動向を注視し、この分野における課題克服に向けた議論の深化と具体的な施策の推進が期待されます。