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令和5年刑法改正による性犯罪規定の見直し:不同意要件、公訴時効延長、関連議論

Tags: 刑法改正, 性犯罪, 不同意性交等罪, 法改正, 性暴力

導入

令和5年7月、刑法が改正され、性犯罪に関する規定が大幅に見直されました。これは、長年にわたり指摘されてきた既存規定の課題に対応し、性暴力被害の実態により即した法運用を目指すための重要な一歩と言えます。本記事では、この刑法改正、特に不同意性交等罪の新設や公訴時効の延長といった主要な変更点に焦点を当て、その背景、具体的な内容、関係者への影響、そして今後の論点について深く掘り下げて解説します。

背景

従来の刑法における強制性交等罪や強制わいせつ罪は、「暴行または脅迫」を要件としていました。しかし、性暴力の被害は必ずしも暴行や脅迫を伴うわけではなく、被害者が心身のフリーズ状態に陥ったり、経済的・社会的な関係性から抵抗できなかったりする場合も多く存在します。こうした被害実態と「暴行または脅迫」要件との間に乖離があることが長らく指摘されてきました。

特に、性暴力に関する刑法改正を求める当事者の会「Spring」などの市民団体や被害者からの声が、社会的な議論を喚起しました。また、法制審議会においても、刑法性犯罪規定の見直しに関する議論が重ねられてきました。平成29年にも約110年ぶりに性犯罪規定が改正されましたが、「暴行または脅迫」要件は維持されたため、更なる見直しを求める声が上がっていました。

こうした背景のもと、被害者の尊厳を一層保護し、性暴力の実態に即した法制度を構築するため、新たな改正の議論が進められました。

詳細解説:令和5年刑法改正の主要な変更点

令和5年刑法改正(正式には「刑法及び性犯罪に係る刑事事件に関する手続に関する改正法案」の一部として成立)は、以下の主要な点を変更しました。改正法は令和5年7月13日に施行されています。

1. 不同意性交等罪・不同意わいせつ罪の新設(旧強制性交等罪・強制わいせつ罪の改正)

最も大きな変更点は、強制性交等罪(刑法第177条)および強制わいせつ罪(刑法第176条)が廃止され、新たに「不同意性交等罪」(刑法第177条)および「不同意わいせつ罪」(刑法第176条)が設けられたことです。

この改正により、従来の「暴行または脅迫」要件に代わり、「同意しない意思を形成し、表明することが困難な状態にさせること」または「その状態に乗じること」を伴う性交等またはわいせつな行為が処罰対象となりました。具体的には、以下のような行為が、被害者が同意しない意思を形成・表明することが困難な状態にさせる事情として例示されています(改正刑法第176条第1項、第177条第1項)。

この「その他の事由」に関する規定は、限定列挙ではなく例示であるため、上記の8つの類型に該当しない場合でも、被害者が同意しない意思を形成・表明することが困難な状態に置かれていたことが立証されれば、不同意性交等罪などが成立する可能性があります。これは、多様な性暴力被害の実態に対応するための規定と言えます。法制審議会性犯罪に関する刑事法検討会における議論では、これらの例示に加え、被害者の年齢、発達状況、認知能力、加害者との関係性なども総合的に考慮すべきであると指摘されています(法制審議会性犯罪に関する刑事法検討会「取りまとめ」(令和4年9月)参照)。

2. 監護者性交等罪・監護者わいせつ罪の見直し

監護者による性交等・わいせつ行為に関する規定(旧刑法第179条)も見直されました。従来の「監護者であることによる影響力によって抗拒不能の状態にさせること」という要件が、「監護者であることによる影響力によって、同意しない意思を形成し、表明することが困難な状態にさせること」という要件に変更されました。これは、前述の不同意罪の新設に合わせた変更であり、監護者という特別な関係性を悪用した性暴力への対応を強化するものです。

3. 性交等・わいせつ行為の公訴時効の延長

性犯罪に関する公訴時効が延長されました。性交等罪の公訴時効は10年から15年に、わいせつ罪は5年から7年にそれぞれ延長されました(刑事訴訟法第250条第2項、第259条)。これは、性犯罪被害の申告が時間が経過してから行われることが多い実態を踏まえたものです。

4. 13歳未満に対する性交等・わいせつ行為の特例

13歳未満の者に対する性交等・わいせつ行為については、被害者の同意がないものとみなされ、不同意要件の立証が不要となりました(改正刑法第177条第2項、第176条第2項)。これは、13歳未満の者は性的な同意を有効に行う能力がないという考え方に基づくものであり、性交同意年齢を13歳に引き上げることを意味します。

5. 不同意性交等致死傷罪などの新設

不同意性交等により被害者を死傷させた場合の刑罰を定めた不同意性交等致死傷罪(改正刑法第179条の2)なども新設され、関連規定が整備されました。

これらの改正点の詳細については、法務省のウェブサイトで公開されている改正法の条文や、法制審議会での議論資料(法制審議会性犯罪に関する刑事法検討会資料・議事録など)を参照することで、より深く理解することができます。

影響と論点

今回の刑法改正は、性犯罪被害者を取り巻く状況に大きな影響を与える可能性があります。

被害者当事者への影響: 最も期待される影響は、被害者の立証負担の軽減です。従来の「暴行または脅迫」の立証が困難であったケースでも、「同意しない意思を形成・表明することが困難な状態」にあったことの立証が可能となれば、救済される被害者が増加することが期待されます。これにより、司法へのアクセスが改善され、被害者の回復プロセスに資する可能性が考えられます。ただし、「同意しない意思を形成・表明することが困難な状態」の立証がどの程度の実質を伴うかは、今後の捜査・司法実務の運用にかかっています。

捜査・司法実務への影響: 不同意要件の具体的な解釈と運用が最大の課題となります。改正法で例示された8つの類型だけでなく、「その他の事由」をどのように認定するのか、また、被害者の「同意しない意思を形成し、表明することが困難な状態」を、客観的な証拠に基づきどのように判断するのかなど、新たな要件に関する判断基準の確立が求められます。検察や裁判所は、法制審議会の議論や附帯決議の内容(例えば、被害者の特性や加害者との関係性を慎重に考慮すること、捜査段階から被害者の心情に配慮することなど)を踏まえ、慎重な運用を行う必要があります。

社会への影響: 今回の改正は、「性行為には相手の同意が必要である」という原則を法的に明確にした意義は大きいと言えます。これにより、社会全体で性同意に関する意識を高める契機となることが期待されます。学校教育や啓発活動を通じて、性同意についての理解を深める取り組みがより一層重要になります。

専門家・関連団体からの評価と論点: 性暴力被害者支援団体などからは、不同意を要件としたことや公訴時効延長について一定の評価がなされています。一方で、不同意の定義が限定的ではないか、8つの類型以外の「その他の事由」の解釈運用に幅が生じすぎるのではないか、などの懸念も示されています。また、性的同意年齢が13歳に引き上げられたことについても、国際的な基準(多くの国で14歳以上)と比較して十分かどうかの議論があります。さらに、改正刑法が施行された後も、法の運用状況を注視し、必要に応じて更なる見直しを検討すべきであるという声も聞かれます(例:「性暴力に関する刑法改正を考える当事者の会Spring」など、多くの市民団体が今後の運用の注視と更なる改正の必要性を提言しています)。

展望とまとめ

令和5年刑法改正による性犯罪規定の見直しは、長年の課題であった性暴力被害の実態と法制度の乖離を是正し、被害者の尊厳を保護するための一歩です。不同意性交等罪の新設は、従来の「暴行または脅迫」要件では拾いきれなかった被害を可罰的にする可能性を秘めています。

しかしながら、この改正が真に実効性を持つためには、今後の捜査・司法実務における不同意要件の適切な解釈と運用が不可欠です。法制審議会での議論や附帯決議の趣旨を踏まえ、被害者の視点に立った柔軟かつ慎重な判断が求められます。また、公訴時効の延長や性的同意年齢の引き上げについても、その影響を注視し、必要に応じて更なる検討を行うことが今後の課題となります。

今回の法改正を契機に、社会全体で性同意に関する理解を深め、性暴力のない社会を目指す取り組みを一層推進していくことが重要です。法改正はあくまで一歩であり、その運用と社会全体の意識変革が、改正法の真価を問うことになります。

関連情報

これらの公的文書は、改正法の具体的な内容、改正に至るまでの議論の過程、および関係者の見解を詳細に把握する上で極めて有用な情報源となります。