改正出入国管理及び難民認定法の施行と影響:背景、主な改正点、難民認定・送還制度に関する論点
はじめに
2023年6月9日に公布され、2024年6月10日から施行された改正出入国管理及び難民認定法(以下、「改正入管法」)は、日本の難民認定制度及び外国人の退去強制手続きに大きな変更をもたらすものです。本稿では、この改正の背景、主要な内容、そして難民申請者や関連分野に与える影響、さらに今後の運用における主要な論点について詳細に解説します。本記事が、制度改革の動向を追跡する上での一助となれば幸いです。
改正の背景と経緯
今回の法改正の主要な背景には、難民認定申請中の送還停止規定(難民認定法第61条の2の9第3項)を悪用し、退去強制から逃れる目的で難民認定申請を繰り返す事例の増加、それに伴う長期収容問題の深刻化がありました。現行法では、難民認定申請中は原則として本国への送還が停止されるため、この規定を利用して申請と不認定後の再申請を繰り返すことにより、送還が長期にわたり回避される状況が生じていました。これにより、退去を拒否する外国人等の長期収容が発生し、人道上の問題や施設運営上の課題が指摘されていました。
一方で、難民申請者や支援者からは、日本の難民認定率の低さ、申請手続きの不透明性、収容施設の環境、そして送還後の人権侵害リスクといった問題点が繰り返し指摘されてきました。今回の改正に向けた議論は、これらの複雑な課題が絡み合う中で進められました。法案は2021年に一度国会に提出されましたが、当時の法案に対する批判の高まりを受け、廃案となりました。その後、政府は議論を再開し、一部修正を加えた法案が2023年に改めて提出され、成立に至りました。
改正入管法の主要な内容
改正入管法の主な内容は以下の通りです。
- 送還停止効の見直し: 複数回(原則3回目以降)難民認定申請を行う者については、送還停止規定の適用が例外とされるようになりました(改正入管法第61条の2の9第4項)。ただし、条約上の難民であることの相当の理由がある資料を提出した場合は、例外的に送還停止効が維持されます。この規定の目的は、濫用的な申請を抑制し、迅速な送還を可能とすることにあります。
- 補完的保護対象者の創設: 難民条約上の難民には該当しないものの、本国に送還されれば生命または身体に危害が及ぶおそれがある外国人を「補完的保護対象者」として新たに位置づけ、保護の対象としました(改正入管法第2条第3項)。これにより、難民条約の定義からは漏れるが人道上の配慮が必要な人々に対する保護枠が明確化されました。
- 退去強制令書が発付された者の収容に関する規定の整備: 退去強制令書が発付された者について、収容に代わる措置として、監理人による監督のもと地域社会で生活することを認める「監理措置制度」が導入されました(改正入管法第59条の2)。これは、長期収容の解消に向けた代替措置として期待されています。監理人には、親族や支援者等がなることが想定されています。また、収容の要否は個別の事情を考慮して判断されることがより明確化されました。
- 難民認定手続きの迅速化: 難民認定手続きにおける審査期間の短縮を目指し、手続きの効率化に関する規定が整備されました。
これらの改正点の詳細については、法務省のウェブサイトに掲載されている改正法の条文や関連資料を参照することが推奨されます。例えば、出入国在留管理庁のウェブサイトでは、法改正に関するQ&Aや資料が提供されています。
影響と論点
今回の改正は、難民申請者や支援者、さらには日本の入管行政全体に大きな影響を与える可能性があります。
難民申請者への影響: 複数回申請者の送還停止効の例外化は、退去強制のおそれが高まることを意味します。特に、不認定理由に納得がいかず、新たな証拠を見つけて再申請を繰り返そうとする人々にとっては、命の危険がある国への送還リスクが増大します。また、補完的保護対象者の創設は保護の対象範囲を広げる側面がある一方、その認定基準や手続きの公平性が今後の運用で問われることになります。監理措置制度は長期収容を回避する選択肢を提供しますが、監理人の負担や支援体制の構築が課題となります。
主要な論点: 改正入管法に対しては、国内外から様々な論点が指摘されています。
- 送還停止効例外化とノン・ルフルマン原則: 国際的な難民法において最も重要な原則の一つであるノン・ルフルマン原則(生命や自由が脅かされるおそれのある国へ送還してはならない原則)との整合性が問われています。複数回申請であっても、送還先の状況によっては例外化が人道上の懸念を生じさせるとの批判があります。
- 難民認定手続きの公平性と質: 難民認定手続きの迅速化は重要ですが、拙速な審査により真に保護が必要な人々が見過ごされるリスクが指摘されています。認定員や職員の専門性、証拠収集の支援体制、不服申し立ての機会確保が引き続き重要です。
- 監理措置制度の実効性: 監理人が担う役割や責任、そして監理人を支援する社会的な体制が十分に整備されるかが、制度の成功の鍵となります。また、監理措置の対象基準や、措置が解除された場合の対応も論点となります。
- 収容のあり方: 監理措置が導入されても、収容自体がなくなるわけではありません。必要最小限に留めるための基準の明確化や、収容環境の改善が求められます。
これらの論点については、国会における議論や法務委員会での質疑応答、あるいは日本弁護士連合会や難民支援協会などの専門家や支援団体の公表資料において詳細に議論されています。例えば、日本弁護士連合会のウェブサイトでは、入管法改正に関する声明や意見書が多数掲載されています。
今後の展望とまとめ
改正入管法の施行は、日本の出入国管理及び難民認定制度の新たな段階を示しています。今後、これらの制度がどのように運用されていくのかを注視する必要があります。特に、送還停止効の例外がどのような場合に適用されるのか、補完的保護対象者の認定基準はどのように運用されるのか、そして監理措置制度が長期収容問題の解決にどれだけ貢献するのかが重要な焦点となります。
また、真に保護が必要な人々を適切に保護しつつ、制度の濫用を防ぐという二律背反する課題に、今後どのように向き合っていくのかが問われます。国際的な人権基準との整合性、難民認定手続きにおける透明性と公平性の確保、そして送還のリスクが現実にある人道上の懸念への対応は、引き続き重要な課題として議論されていくでしょう。
本改正の運用状況、関連する裁判例、そして今後の政策提言については、継続的に情報を収集し、客観的な視点から評価していく必要があります。