生活困窮者自立支援制度の現状と課題:改正法に基づく施策の展開と今後の政策論点
導入
我が国における生活困窮者への包括的な支援は、2013年に成立し、2015年から施行された生活困窮者自立支援法に基づき実施されています。この法律は、仕事や住居を失うなど、様々な要因により経済的に困窮し、最低限度の生活を維持することができなくなるおそれのある方々に対し、個々の状況に応じた包括的な支援を行うことを目的としています。従来の生活保護制度に至る前の段階での自立支援を強化する制度として位置づけられており、その重要性は増しています。
本稿では、生活困窮者自立支援制度の現状、特に近年の法改正による変更点とその背景、改正法に基づく施策の展開状況、そして今後の政策論点について、関連する公的資料を参照しながら解説します。
背景
生活困窮者自立支援制度が創設された背景には、経済構造や社会構造の変化、非正規雇用の増加、単身世帯の増加などにより、多様な要因から生活困窮に陥る人々が増加したことがあります。従来の福祉制度が必ずしもこうした多様なニーズに十分に対応できていなかったという課題認識がありました。例えば、離職により家賃が払えなくなり住居を失う危機にあるが、必ずしもすぐに生活保護の要件を満たすわけではない、といったケースへの対応が求められていました。
こうした状況を踏まえ、厚生労働省の社会保障審議会生活困窮者自立支援対策特別部会等での議論を経て、制度創設に至りました。この制度は、単に経済的な給付を行うだけでなく、相談支援、就労支援、住居支援などを組み合わせ、対象者が地域社会から孤立することなく、尊厳を持って生活できるよう多角的にサポートすることを目指しています。
詳細解説
生活困窮者自立支援法に基づく支援は、主に以下の事業で構成されています(法第3条)。
- 自立相談支援事業(必須事業): 専門の支援員が、生活困窮者の抱える課題を包括的に把握し、自立に向けた個別の支援プランを作成します。これが本制度の中核となります。
- 住居確保給付金(必須事業): 離職等により住居を失った方、または失うおそれのある方に対し、家賃相当額を支給する制度です。
- 就労準備支援事業(任意事業): 直ちに就労することが困難な方に対し、就労に向けた訓練や日常生活自立に関する支援を行います。
- 家計改善支援事業(任意事業): 家計状況を「見える化」し、家計を管理する力を養うための支援や、必要に応じて貸付等につなげる支援を行います。
- 一時生活支援事業(任意事業): 住居のない方に対し、一定期間、宿泊場所や衣食を提供する事業です。
- 学習支援事業(任意事業): 生活困窮世帯等の子供に対し、学習支援や居場所づくりを行います。
これらの事業は、各自治体が主体となり、社会福祉協議会やNPO法人等に委託して実施されています。
近年の大きな動きとしては、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた対応があります。特に2020年、2021年には、経済的困難に直面する方々への支援を強化するため、住居確保給付金の支給対象や期間の拡大などが実施されました。これは、リーマンショック後の雇用対策としての住居確保給付金制度の経験を踏まえ、速やかに困窮者支援を強化する必要性から行われたものです。これらの改正は、厚生労働省から各自治体に対して発出された通知等によって具体的に示され、多くの自治体で実施されました。
また、自立相談支援事業における「伴走型支援」の重要性も改めて認識されています。単発的な支援ではなく、対象者に寄り添い、継続的に関わることで、複雑な課題を抱える生活困窮者の自立を支援していくアプローチです。
影響と論点
生活困窮者自立支援制度は、従来のセーフティネットの隙間を埋める制度として一定の成果を上げています。住居確保給付金は、特にコロナ禍において多くの方々の住居維持に貢献しました。また、自立相談支援事業を通じて、就労、家計、健康、子育てなど、複合的な課題を抱える方々への包括的なアプローチが進められています。
しかしながら、いくつかの論点や課題も指摘されています。
第一に、制度の実施状況には自治体間でばらつきが見られます。これは、任意事業の実施の有無や、相談支援体制の質、他の福祉制度や地域資源との連携状況など、様々な要因によるものです。厚生労働省の「生活困窮者自立支援制度に関する検討会」等でも、こうした地域差の解消に向けた議論が行われています。
第二に、相談支援事業における支援員の専門性確保と人材育成です。生活困窮者の抱える課題は多岐にわたり、高度なアセスメント能力や多機関連携のスキルが求められますが、十分な研修機会やキャリアパスが整備されているとは言い難い状況です。
第三に、制度の財源に関する課題です。事業実施の多くが交付金を活用して行われていますが、安定的な財源確保や、事業内容に応じた適切な評価・配分基準についても議論が必要です。
第四に、対象者の捕捉とアウトリーチの強化です。制度の存在を知らない、あるいは自ら相談機関にアクセスすることが困難な人々に対し、どのように支援の手を差し伸べるかが重要な課題となっています。
展望とまとめ
今後の生活困窮者自立支援制度は、これまでの課題を踏まえ、更なる実効性向上に向けた検討が進められると見られます。社会保障審議会における議論等では、伴走型支援の質的向上、関係機関とのネットワーク構築、中間的就労を含む多様な就労支援のあり方、そして子供の貧困対策との一層の連携などが論点として挙げられています。
特に、複雑な課題を抱える人々への支援には、福祉、労働、教育、住宅、司法など、分野横断的な連携が不可欠です。地域における重層的な支援体制の構築に向けた動きも、生活困窮者支援と密接に関連しています。
生活困窮者自立支援制度は、その創設以来、社会状況の変化に応じて柔軟な対応を図ってきました。今後も、個々の生活困窮者が尊厳を持って地域社会で自立した生活を送れるよう、制度の改善と支援の質の向上に向けた継続的な取り組みが求められています。関係者は、最新の法改正情報、厚生労働省からの通知、関連する審議会報告書等を注視し、制度の趣旨を理解した上で、それぞれの立場で制度の実装に関与していくことが重要となります。